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東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)117号 判決

原告 藤井護

被告 藤沢税務署長 ほか一名

訴訟代理人 平田昭典 ほか四名

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

第一被告税務署長に対する請求について

一  請求原因一及び二の1の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。

1  原告は、本件譲渡は施行令〔編注:所得税法施行令〕第二六条第三項第一号に該当し、その譲渡益は非課税であるから、右譲渡益に課税した本件更正は違法であると主張するので、まず、本件譲渡が「証券取引法第二条第四項に規定する株式の売出し」の方法により行なう株式の譲渡に該当するか否かについて検討する。

証取法第二条第四項によれば、同法における「有価証券の売出し」とは、不特定かつ多数の者に対し均一の条件で既に発行された有価証券の売付けの申込みをし、又はその買付けの申込みを勧誘することをいうとされている。そして、右にいう「均一の条件」とは、売出価格、申込期間、申込方法等の売出しの条件が同一であることをいうものと解せられるから、有価証券市場等における相場による売買は、右のような条件の均一性を欠き、右「有価証券の売出し」に該当しないものといわねばならない。

ところで、本件譲渡が東京証券取引所における譲渡であることは前記のとおり当事者間に争いがないから、本件譲渡は、有価証券市場における相場による売買である。したがつて、本件譲渡は、「証券取引法第二条第四項に規定する株式の売出し」の方法により行なう株式の譲渡に該当しない。

2  原告は、証取法第二条第四項に規定する売出しの範囲は、同法第四条第一項に規定する売出しの範囲より広く、値付玉の譲渡は、前者の売出しに含まれると主張するが、同法第二条第四項は、同法における「有価証券の売出し」の定義を規定し、同法第四条第一項は、その「売出し」の手続として大蔵大臣への届出を必要とする旨と届出を必要としない「売出し」の範囲を売出価額の総額の点から規定しているに過ぎないものであるから、右二つの条項にいう「売出し」の範囲に広狭があるはずもなく、また、値付玉の譲渡であるかどうかを問わず、およそ有価証券市場における相場による売買である以上、証取法第二条第四項の「売出し」に該当しないものであること前記のとおりであるから、右主張は失当である。

3  原告は、施行令第二八条第二項第三号に規定する株式の譲渡には冷し玉(値付玉)の譲渡も含まれると解されていると主張するが、そのように解されていると認むべき根拠は何もなく、原告独自の見解にすぎない。

なお、〈証拠省略〉によれば、昭和四六年二月の衆議院及び参議院の大蔵委員会における政府委員等の答弁において、施行令第二八条第二項第三号を改正して現行条文にあるようなかつこ書きを加えることの根拠として、株式を公開した場合公正な価格形成の面から発行済株数の二〇パーセント前後の株が浮動株としてあることが望ましく、そのため右浮動株作出のための「株式の公開の方法により行なう株式の譲渡」には課税しないようにし、他方株式の公開によつて得る異例な譲渡益は譲渡所得として課税対象とするための手法である旨の説明がされていることが認められるが、右説明をもつて「株式の公開の方法により行なう株式の譲渡」に原告主張のように冷し玉(値付玉)の譲渡が含まれる趣旨であると認めることはできない。また、〈証拠省略〉には、株式譲渡益課税のしくみが図解され、事業譲渡に類似する株式の譲渡に対する課税の例外として、取引所又は店頭市場を通ずる譲渡につき冷し玉等以外のその他の取引と合わせ五〇回二〇万株に該当するかどうか調べ、該当なら全額課税、非該当なら非課税である旨の記載があるが、右記載は、施行令第二八条第二項第一号第二号に関する説明に過ぎず、同項第三号に関する説明ではないから、原告の右主張を裏付けるものとはいえない。

4  原告は、値付玉の譲渡の非課税を規定した施行令第二六条第三項第一号の規定が改正されないのに、被告税務署長において値付玉の譲渡は施行令の右規定に該当しないとして本件更正をしたことは、憲法第八四条に違反すると主張する。

しかしながら、そもそも施行令の右規定は、一定の要件の下に「株式の売出し」の方法による株式の譲渡による所得の非課税を規定したもので、本件譲渡のような証券取引所における売買による所得の非課税を規定したものでないことは前記のとおりであるから、原告の右主張はその前提自体失当である。

以上の次第であるから、本件更正には原告主張の違法は存しない。

第二被告審判所長に対する請求について

一  被告審判所長は、原告の同被告に対する訴えは、存在しない処分の取消しを求める不適法な訴えであると主張するので、まず、この点について判断する。

請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、本件各裁決の主文には、昭和四六年分所得税に係る賦課決定の一部を別紙1のとおり取り消す旨及び昭和四七年分所得税に係る賦課決定の一部を別紙2のとおり取り消す旨記載されていること、別紙1には、この裁決により取り消す加算税の額四一五四万九七〇〇円と、別紙2には、この裁決により取り消す加算税の額八一七一万七五〇〇円とそれぞれ記載されていることが認められる。

右事実によれば、本件各裁決は審査請求に係る本件各賦課決定の一部を取り消したものであると認められ、このように原処分の一部を取り消した裁決は、原処分のうち同裁決により維持された部分については審査請求を理由がないものとして棄却したものと解すべきである。

そして、本訴請求の趣旨によれば、原告の被告審判所長に対する訴えは、本件各裁決のうち過少申告加算税昭和四六年分八三一万円及び同四七年分一六三四万四四〇〇円の各賦課部分の取消しを求めるというものであるが、その趣旨とするところは、本件各賦課決定のうち昭和四六年分につき過少申告加算税の額八三一万円に相当する部分及び同四七年分につき過少申告加算税の額一六三四万四四〇〇円に相当する部分について、原告の審査請求を理由がないものとして棄却した本件各裁決の一部の取消しを求めるものと解することができるから、右訴えは、存在しない処分の取消しを求めるものではなく、適法な訴えというべきである。

なお、被告審判所長は、原告が原処分の残存部分を争うのであれば、被告税務署長を相手方として争うべきで、被告審判所長を相手方として争うことは行政事件訴訟法第一〇条第二項に違背すると主張するが、原告は本件各裁決のうち棄却部分の取消しを求めているのであるから、被告審判所長を相手方としてその取消しを求めるべきであり、また原告の主張する違法理由は、請求原因三の2のうち通則法第六五条第二項に規定する「正当な理由」の存在を主張するかに窺われる部分及び同3が行政事件訴訟法第一〇条第二項に牴触すること後記二の2及び3のとおりであることを除いては、裁決固有の瑕疵を主張するもので、右条項に牴触することはない。

二  そこで、本件各裁決のうち原告が取消しを求める部分に原告主張の違法が存するか否かについて判断する。

1  請求原因三の1の主張は、被告審判所長が本件各裁決において、原処分たる重加算税の賦課決定のうち、その要件を欠くとして違法とした部分の全額を取り消すことなく、過少申告加算税の要件を満たしているとして、過少申告加算税相当額につき審査請求を棄却したことは、重加算税の賦課決定と過少申告加算税の賦課決定とはその要件を異にする別異の処分であり、被告審判所長は租税の賦課徴収の権限を有しないことからすれば、同被告が過少申告加算税の賦課決定をしたのと同様の結果となるもので、違法であると主張するものである。

しかしながら、過少申告加算税と通則法第六八条第一項の規定による重加算税とは、その名称は異なるが、いずれも申告納税方式による国税について過少な申告を行なつた納税者に対する行政上の制裁として課されるもので、ただ重加算税は隠ぺい又は仮装という不正手段を用いた悪質な過少申告に対して特別に重い負担の行政上の制裁を課することとしたのであるから、両者は全くその性質を同じくするものであるし、他方その税額算定の手法を見ても、両者はいずれも修正申告又は更正により新たに納付すべきこととなつた税額をその算定の基礎として、これに一定の割合を乗じて算定するのであり、ただ重加算税は課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装という要件が加わることにより単なる過少申告に対する場合よりもその割合を高率としているに過ぎない。したがつて、同一の修正申告又は更正に係る加算税である限り、過少申告加算税を賦課されるにしても、重加算税を賦課されるにしても処分としての同一性を有するというべきで、重加算税として高い割合の加算税が賦課された場合は、その中に単なる過少申告加算税たるべき部分が包含されていると解するのが相当であり、また、通則法第六八条第一項、同法施行令第二八条第一項により、加算税の税額計算の基礎となるべき税額のうち隠ぺい又は仮装されていない事実に基づくことが明らかである税額につき過少申告加算税が課され、その余の税額につき重加算税が課される場合には、過少申告加算税の賦課決定と重加算税の賦課決定の二個の処分がされるものとみるべきではなく、一個の加算税賦課決定がされるものと解すべきである。無申告加算税額又は不納付加算税額については重加算税額との併課につき定めのあつた国税通則法施行前はしばらくおき、現行法上このように解するにつき支障となるような条項は見当たらない。もつとも、通則法第六八条第一項は「過少申告加算税に代え」と規定しており、原告は、右は過少申告加算税を排除して重加算税の賦課決定を選択するよう税務署長に命じたものであると主張するが、必ずしもそのように解さねばならないとする根拠はなく、右規定は、隠ぺい又は仮装した事実に基づく過少申告に対しては加算税の額の計算の基礎となる税額に乗ずべき割合につき一〇〇分の三〇の割合を選択すべきことを命じたものと解し得るのであつて、右文言は前記解釈を覆えすに足りるものではない。

以上によれば、過少申告加算税の賦課決定、重加算税の賦課決定、さらには通則法第六八条第一項、同法施行令第二八条第一項によりされた過少申告加算税と重加算税の賦課決定につき審査請求を受けた国税不服審判所長は、当該修正申告又は更正に関し通則法第六五条及び第六八条第一項所定の各要件の存否を審理し、その結果に基づき過少申告加算税の額及び重加算税の額を算定し、その合計額が原処分における税額を下回るときは、裁決において原処分中その超える税額部分を取り消し、残余の部分については審査請求を棄却すべきことに帰着する。

以上のとおり解すべきであり、これを本件について考察すれば、本件各裁決が昭和四六、四七両年分共重加算税の額を減額すると共に過少申告加算税の額を増額して、右増減額後の両加算税の額の合算額と本件各賦課決定により納付すべき税額との差額部分を取り消し、その余の原告の審査請求を棄却したものであること前記一のとおりであつて、右各裁決に原告主張の違法はないというべきである。

2  原告は、原告の過少申告については通則法第六五条第二項に規定する「正当な理由」が存在したのにかかわらず、右「正当な理由」の存否につき判断を示さず、過少申告加算税相当額を超える部分のみ取り消した本件各裁決は違法であると主張する。

しかしながら、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件各賦課決定に対する審査請求において過少申告につき隠ぺい又は仮装の事実がないことのみを主張し、右「正当な理由」の存することについては全く主張していなかつたものと認められる。このような場合、被告審判所長が裁決に当たり右「正当な理由」の存否につき判断を示きなくても違法ということはできない。また、もし原告が右「正当な理由」の存在自体を違法理由として主張するのであれば、それは結局原処分たる賦課決定(裁決によつて維持された部分)に存する違法をいうに帰着し、裁決固有の違法理由に当たらないから、行政事件訴訟法第一〇条第二項により、裁決の取消しを求めるについてはこれを違法理由とすることはできず、主張自体失当である。

3  原告は、本件更正は違法であるから、昭和四七年分の裁決のうち右更正を前提としてされた過少申告加算税一四七一万八三七五円の賦課部分も違法であると主張する。

しかしながら、右違法理由は、結局原処分たる賦課決定(裁決によつて維持された部分)に存する違法をいうに帰着し、裁決固有の違法理由に当たらないから、行政事件訴訟法第一〇条第二項により、裁決の取消しを求めるについてはこれを違法理由とすることはできず、主張自体失当である。

以上の次第であるから、本件各裁決のうち原告が取消しを求める部分につき原告の主張する違法理由はいずれも失当である。

第三結論

よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好 達 菅原晴郎 成瀬正己)

別表

一 昭和四六年分 (単位 円)

区分

年月日

課税標準

重加算税

過少申告加算税

確定申告

四七・三・九

一〇九、一四二、二三二

修正申告

四七・六・二一

一〇九、五三六、一〇七

修正申告

四九・三・二

三三二、一九三、〇二八

賦課決定

四九・三・三〇

四九、八五九、七〇〇

三一、〇〇〇

裁決

五一・五・二八

八、三四一、〇〇〇

二 昭和四七年分 (単位 円9

区分

年月日

課税標準

重加算税

過少申告加算税

確定申告

四八・三・九

一一〇、三四七、五八二

修正申告

四九・三・二

一六二、二六〇、八八七

修正申告に係る

賦課決定

四九・三・三〇

一一、八七七、三〇〇

更正及び賦課決定

四九・三・三〇

五五四、七五〇、七五九

八八、三一〇、一〇〇

裁決

五一・五・二八

棄却

二、一二五、五〇〇

一六、三四四、四〇〇

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